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山口大学医学部附属病院
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院内の様々な情報を統合参照できる医療情報マネジメントシステムを構築

神戸低侵襲がん医療センター
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放射線治療・化学療法に特化した医療機関を支える横河のソリューション

【特別企画】 災害と情報システム 〜石巻赤十字病院のそのとき

今回は特別企画として、弊社のPACS・RISをご活用いただいている石巻赤十字病院の救命救急センター長 石橋 悟 様と、情報システム課長・放射線技術第二課長 千葉 美洋 様に、震災当時の様子を振り返っていただいた。

外観

震災以降、被害の様子はマスコミを通じて数多く提供されてきたが、災害拠点病院として懸命に活動を続けた石巻赤十字病院では「何が起き」「どう対処したのか」。
その時の現場の様子を「システム」を切り口として広く医療に従事される皆様へご提供していくことも、システムベンダーとしての役割であると考えこの企画を立案した。
貴重な情報ををご提供いただいたお二方へは改めて御礼申し上げるとともに、事業継続計画等を策定されている皆様にも、何らかの気づきをご提供できるのではないかと、弊社としても期待している。

未曾有の大災害で現場の医師、システム管理者はどう立ち向かったか

〜石巻赤十字病院 救命救急センター長と情報システム課長が語った、「そのとき」〜

東日本大震災で津波被害を免れた石巻赤十字病院は発生当初、ほとんどの医療機関が診療不能に陥った石巻地域の医療を支えた。映像メディアは次々に搬送される被災患者や廊下にあふれる患者を映し出し、パニック状態をことさらに伝えた。
ところが実際の現場の職員は、忙殺されながらも用意周到の災害対応マニュアルに沿って粛々と医療業務にあたった。彼らがどのような準備をし、未曾有の災害医療に立ち向かったのか、救命救急センター長の石橋悟氏と情報システム課長の千葉美洋氏に伺った。

石橋氏と千葉氏
写真左から:石橋氏、千葉氏

 2011年3月11日、14時46分18秒、石巻赤十字病院は立っていられないほどの激しい揺れに見舞われる。揺れは長く続いたが、免震構造のため建物や機器などの被害はほとんどなかった。地震発生とともにライフラインはすべて途絶し、電気はすぐに自家発電回路に切り替わり、水も備蓄タンクから供給されたものの、ガス、通信、エレベーターは機能停止した。市内のほとんどの医療機関が診療機能を停止する中で、地域で唯一の災害拠点病院として未曾有の災害医療に立ち向かった。

災害対応マニュアルに従い混乱なく速やかに災害モードに突入

――地震発生時の病院内の状況、初動体制はどうだったのでしょうか。

石橋:地震発生から数分後に副院長を本部長として災害対策本部を立ち上げ、最大規模災害対応であるレベル3が宣言されました。すぐさま通常の診療業務を停止し、速やかに災害対応モードに突入しました。当院は、近いうちに高い確率で起きるといわれていた宮城沖地震に備えて、災害救急マニュアルを整備してあり、トリアージ体制の設置方法をはじめ、誰がどの班を構成し、どのような役割に就いてどう動くかすべてマニュアルで決めてあり、訓練通りに混乱なく速やかに始動しました。

石橋氏

宮城県沖地震は必ず起るという確信に近いものを全職員が持っており、日頃から数十ページに及ぶマニュアルの整備を行い、年1回の訓練も真剣に取り組んできました。激しい揺れを感じて、すべての職員が「これが宮城沖地震だ。来るべきものが来た」と認識したと思います。実は、2日前の3月9日に三陸沖でM7.2の地震が起きた際にも対策本部を設置し、即応体制を敷きました。すぐに解除されたものの、このときにトリアージ業務を拡大しており、直前の訓練の役目を果たしたことが大きかった。ただ、本震のときは津波の発生や被害はテレビのニュースを通してでしか状況をつかめず、その映像から大変な事態になるという予感はありました。

石巻赤十字病院は地震発生から4分後には災害対策本部が設置、15時にレベル3を宣言し、15時半前には1階ロビーにトリアージエリアが設置された。災害対応レベルは、日常診療体制で対応するレベル1から、病院を捨てて全患者・職員が避難するレベル4まで規定されている。また、災害対策本部は通常、院長が本部長に就くが、当日は出張中のため、マニュアルに従い副院長が本部長に就任した。夜間などは当直医がまず本部長を代行し、院長が登院した時点で引き継がれるよう規定されているという。地震発生後の同病院の様子をマスコミは、映像とともに混乱した状況を伝えていたが、実際は訓練通り、スムーズに災害対応モードに移行した。

――石巻や周辺地区のほとんどの医療機関が診療不能に陥り、災害拠点病院とはいえ、想像もつかない数の救急患者が運び込まれると予想されたのではないですか。

石橋:震災当日の救急患者は約100人。通常は1日平均60人程度ですから、予想したほどではありませんでした。沿岸部は津波にのまれ、17台あった管内の救急車のうち12台が流され、稼動できたのはわずか5台で、搬送ができないという理由もありました。病院に来られたのは近所の人や軽症の人だけ。ところが2日目以降、救急患者は急増し、野戦病院のような状態になっていきました。災害対応マニュアル通りの準備を行い、受入体制を確立してはいましたが、救急患者のピークが初日でなく、救護チームが続々と到着すると同時に救急患者が増えたことがパニック状態にならずに済んだ一面もあります。

 それにしても災害対応の準備を日頃から実施していることの重要さを、あらためて痛感しました。綿密なマニュアルを作成・整備しても、現実にはどうかという疑問も平常時は抱いたこともありましたが、患者の搬送状況や医療供給体制が激変する中で、大混乱を招くことなく対処できたことは、マニュアルに従いながら各職員が状況に応じて柔軟に運用できたからと思っています。

震災初日の救急患者数は99人。それが2日目に779人、3日目には1251人へと急増する。4日目から減少傾向にあったが、7日目までに延べ4000人近い救急患者を受け入れた。また、在宅酸素療法(HOT)患者の避難所を開設して毎日10〜20人を受け入れたほか、医療圏内のすべての透析施設が被災したことを受け、それらの透析患者すべてに対応できるようフル稼動させた。

システムの被害は軽微、災害対応に即応したシステム変更を実施

――ライフラインがすべて途絶したわけですが、そのとき病院情報システムは被害を受けなかったのでしょうか。

千葉氏

千葉:地震発生で停電になり端末やモニタの電源は落ちましたが、病院情報システムや医用画像管理システム(PACS)、各部門システムサーバは無停電電源装置の稼働、自家発電機に切り替わったため、停止することなく稼動を続けました。災害時にはサーバの動作確認〜復旧作業の実施をマニュアルで規定していますが、ほとんど被害を受けることなく、動作確認をしただけで業務は継続できました。災害対策マニュアルではシステムが停止した場合に、紙伝票によるオーダ業務に移行することになっていますが、それを回避できたことは非常に大きかったと思っています。
 とはいえ、いくつか機能しないシステムもありました。その一例が、患者ID発行にかかわるシステムが停止したことです。IDが発行できないために、基幹システムのサーバは問題ないながら、放射線部で画像撮影してもPACSに保存・配信できず、数日間はフィルム出力しなければなりませんでした。また、自家発電による電源供給が制限されたため、レーザーの出力が弱く、フィルム出力は単純写真のみで、CT画像などはコンソール端末で確認する方法で運用しました。

石橋:そもそも災害医療では、単純写真と超音波による検査ぐらいしか実施せず、CT撮影はできなくなることを想定しています。そういう意味では、大規模災害でシステムのほとんどを運用できるのはきわめて希な状況だったといえます。

石巻赤十字病院では2006年5月に移転・オープンした際に電子カルテシステムを稼働させ、横河医療ソリューションズのPACSおよびRISとの連携運用を開始している。同病院では各診療科の臨床医による読影を基本としており、各診療室やナースステーションなどに高精細カラーモニタ(2M)の画像端末が100台以上設置されている。災害発生から数日間はフィルム出力で対応したものの、画像情報システムは診療業務に支障を来すことなく運用できたという。

――病院情報システムの被害が軽微だったとはいえ、かつて経験したことのない救急患者数に対応していくためには平常時のシステム運用では対応できないことも多々あったと思います。災害対応モードとしてシステム運用で工夫されたされた点はあったのでしょうか。

石橋氏と千葉氏

千葉:次々に搬送されてくる患者に対応するためには、時間との戦いになります。システムの操作をできるだけ簡潔にし、必要な指示を的確・迅速に行えるよう災害時用臨時オーダ画面(インタフェース)を急遽開発しました。画像の単純撮影や採血など夜間・救急外来で実施する基本的な検査のオーダを一画面に集約し、誰でも簡単・短時間でオーダ作業が行えるようにしたものです。災害時用臨時オーダ画面には臨時操作マニュアルも表示し、特別な操作指導をしなくても、すぐに実運用できるよう工夫しました。このオーダ画面は、救護チームの医師でもすぐに操作できたと評価されました。

石橋:救急患者の増加に対応するために中央処置室や健診センターに50床の臨時ベッドを増床しましたが、それに合わせてベッド管理システムの作成も情報システム課に急遽依頼しました。

千葉:依頼を受けたとき、比較的簡単に作成できると考え、実際すぐにシステム化はできました。ところが、臨時病棟が追加されるということは、システムの話だけでなく薬をどう運ぶかなどの物流も考慮する必要があります。病棟部門と薬剤部で運用方法を調整しようとすると、現場の混乱に拍車をかけることが目に見えていました。そこで、比較的落ち着いた状態にある情報システム課がすべての窓口となり、システム開発から部門間の運用調整、運用指導の一切を担うことが重要なポイントになりました。

通常、システム変更やカスタマイズはベンダーに依頼することが一般的だが、災害時は素早く対処することが最重要で、時間的余裕はまったくない。システム変更だけでなく、部門間での運用調整も重要になる。千葉氏は、カスタマイズが容易なシステムを導入していたことが迅速な機能変更を可能にしたということに加え、「日頃から現場の要求を調整し、システムに反映する範囲を適切に決定、運用指導する体制を情報システム課が構築しておくことが災害時対応には欠かせない」と強調する。

――各地からの救護チームとともに多くの救急患者に対応するためには、既設の病院情報システムの運用だけで対処することは困難だと思います。災害対応として、どのような運用で乗り切ったのですか。

石橋:臨時診察場所や処方エリアに端末を設置してオーダ処理はシステムで実施しましたが、災害時には電子カルテ入力はほとんど不可能です。システムでIDを発行し、事前に決められていた紙の災害時用カルテに切り替えて運用しました。ただ、電子カルテも稼動状態になっていたので、時間的な余裕が出てきたドクターは利用していましたし、患者数も落ち着いてきた4月にはほとんど電子カルテでの運用に戻すことができました。

千葉:3月末までの災害時用カルテ運用で約1万2000枚のカルテが発生しましたが、なるべく早い時期に災害時用カルテを電子化して保存することが課題でした。実は、同意書等を電子化したドキュメント管理の仕組みを構築しようと昨年から取り組んでいました。スキャンのためのデジタル複合機を8台導入済みで、今年度に読み取り用アプリケーションやバーコードスキャンなどの装置を整備する計画でしたが、急遽スケジュールの前倒しをベンダーに依頼して構築を急ぎました。5月中旬には稼動することができ、1万2000枚の災害時用カルテは速やかに電子化されました。

派遣された救護チームでも使いこなせたシンプルなオペレーション環境

――医用画像情報システムの運用では、災害対応時にどのようなメリット、デメリットがありましたか。

千葉氏

千葉:災害時で最も実感したのは、フィルムレス運用の効用でした。フィルム運用もかなり行いましたが、画像診断までのスピーディさが際立ちました。災害時のフィルム運用の問題は出力までの時間と作業もありますが、フィルムの搬送者を手配しなければならない点です。人も時間も限られた中で診療業務を遂行しなければならず、搬送業務などにムダな人材を投入しなくてもいい環境が重要です。

 2006年に医用画像情報システムを整備し、フィルムレス運用を検討した当時、画像ビューアについても高機能の製品が登場してきました。放射線科医が利用することを前提として他のベンダーが提案してきた中で、各科の臨床医が日常的に使用することを目的にシンプルな機能で、簡単に使いこなすことができるシステムにすることを重要視しました。その要求に沿った提案をしてきたのが横河医療ソリューションズであり、採用した最大の理由でもあったわけです。
 利用者のニーズに合うさまざまなカスタマイズができる機能の良さはありますが、臨床医の診療ツールとして考えたとき、ある程度共通したシンプルなオペレーション環境であるべきだと考えています。各地から集まった救護チームの医師が、普段とは異なるシステム環境でありながら、十分に使いこなすことができたのも、そうしたシステムコンセプトで導入・構築していたことが功を奏したと思っています。

石巻赤十字病院は臨床各科の医師にとって使いやすいアプリケーション環境を重視して医用画像システムを構築していた。構築時には端末のアプリケーション見直しを重点的に行い、常時表示される操作ボタンを「拡大・縮小」「計測機能」「濃度調節」「初期画面への復帰」の4つに絞って、シンプルな操作性を追求するとともに、比較読影を有利にするために画像表示をできるだけ大きくしていた。こうした対応が、災害時のオペレーションでも非常に有利に働いたわけだ。

「想定外」も「万全」もなく、柔軟な対応への準備が重要

――地域の診療機能が失われた中で、未曾有の災害医療に立ち向かったわけですが、見直すべき対策や今後に活かすべきことをどのように考えていますか。

石橋:現在の日本の災害医療の基本や災害拠点病院体制は、阪神淡路大震災から始まったもの。初動体制の構築にはそうした経験は活かされるべきですが、災害状況はまったく異なるもので比べて 論じることに意味はありません。宮城沖地震を想定して詳細な災害対応マニュアルを整備して訓練を続けてきたことが功を奏したといえますが、マニュアル通りの遂行に加えて、災害の状況に合わせて冷静かつ柔軟に対応できるよう準備することが最も重要とあらためて思います。

石橋氏

東日本大震災では希に見る広域で、物流が大きな問題になりました。われわれも医療材料の調達だけでなく、水や食料、燃料の調達など診療機能以外にマンパワーを費やさざるをえませんでした。災害対策として、医療材料、食料、燃料などの備蓄をどうするかというような議論がありますが、備蓄量を議論したところで切りがありません。重要なことは物流をいかに早く回復させるかという点を議論すべきで、災害状況に合わせたロジスティクスの手順をきちんと決めておくことだと痛感しました。

千葉:システム的な課題では、中枢のシステムは稼働できたものの、ID発行が機能しなかったことがあります。救急患者がピークのときは仕方ないとしても、臨時のID発行の仕組みを各エリアに配置して患者の急増に対応する対策を講じておくべきでしょう。また、災害医療の効率化のためにシステム支援は欠かせませんが、ドクターのシステム操作をできるだけ軽減するために各エリアに医療作業補助者を配置する体制をつくることも重要です。

 また、医療情報システムの課題ではないですが、最も辛い思いをしたのはエレベーター停止による患者や物資の搬送でした。食事の搬送にもドクター以外の多くの職員がかり出され、バケツリレー式で階段を運び上げている状況。電源は復旧したにもかかわらず、エレベーター再稼動のための点検をする運用会社のエンジニアが手配できず、停止したままの状態が続いたからです。昇降機検査資格者を病院で保有することも考える必要があると実感しました。

東日本大震災・原発事故では、「想定外」という言葉が頻繁に使われた。しかし、事の大小はともかく、「想定外のことが起きるのが災害」であると同時に「万全な準備」はあり得ないことを再認識する必要があろう。どのような状況に陥っても何らかの対応ができるよう、物的にも人的にも準備すること――石橋氏と千葉氏の経験談は、そのことをあらためて強く認識するものだった。

石橋氏と千葉氏