横河マニュファクチャリング株式会社

事例 人が自ら考え挑戦する工場へ 「TDK大内工場の組織変革」

tdk logomark

EP(EP: Energy Productivity)活動の本質は省エネではなく人づくりだった。
国内マザー工場としての危機感の中で、TDK大内工場は共通のモノサシを起点に、人が学び、考え、挑戦し続ける組織への変革に挑んだ。

TDKエレクトロニクスファクトリーズ株式会社 大内工場

グループの国内最大級の製造拠点ネットワーク(マザー工場)の一角を担い、最先端の電子部品を製造する工場です。

Ouchi factory
大内工場(提供:TDKエレクトロニクスファクトリーズ株式会社)

YDK products
​​​​主要製品:積層インダクタ、積層EMCフィルタ

TDK株式会社の環境ビジョン(*1)を受け、 そのマイルストーンとしてTDKエレクトロニクスファクトリーズ(TEF)では、各工場の目標として、2027年度までにエネルギー生産性(EP: Energy Productivity 以下EP)20%向上という目標が設定されました。
*1: 脱炭素化に向けて2045年までにエネルギー原単位50%削減目標

インタビュー先

TDKエレクトロニクスファクトリーズ株式会社 本荘工場西サイト工場長(前 大内工場長) 
佐藤善光様

Sato-sama

インタビューの背景

TDKグループにおいて受動部品製造の中核を担うTDKエレクトロニクスファクトリーズ株式会社(TEF)。その中でも大内工場(秋田県)は、スマートフォンや自動車の進化に不可欠な最先端電子部品「積層インダクタ」の開発・製造を牽引する「マザー工場」としての位置づけにあります。祖業であるフェライト技術を極めたマイクロ単位のハイテクデバイスの現場は、高度な自動化が進む一方で、「QD(品質・納期)同等なら、C(コスト)メリットが期待できる海外拠点で作ればいい」という国内工場の空洞化に対する強烈な危機感に直面していました。こうした背景の中、TDK本体が掲げた脱炭素化の環境ビジョンに基づき、各工場に「5年でEP20%改善」という、従来の省エネ活動の延長線上では達成不可能な高い目標が課せられました。この目標を達成し、マザー工場としての圧倒的な製造実力を養うため、大内工場はYOKOGAWAグループの生産会社である横河マニュファクチャリング株式会社(以降YOKOGAWA)の組織変革メソドロジー「DRMコンサルティング(Dynamic Responsive Manufacturing)」を採用。共通のデータを用いた「モノサシ」の策定、施策検討会への30名のスタッフ派遣、外部指標の活用、そしてトップのマネジメント変革にまで踏み込むことで、現場が自ら考え挑戦し続ける自律的な自走組織へと生まれ変わりました。

本コンテンツは、このプロジェクトを先頭で牽引し、需要の変動にエネルギーを追従させるモノづくりの基盤と、人と組織の変革によって不可能と言われた目標への確かな道筋を切り開いた、当時の責任者である佐藤善光工場長(現:本荘工場西サイト工場長)へのインタビューを通じ、その試行錯誤の全貌とリアルを一問一答形式で紐解きました。


国内マザー工場の生存戦略と、TDK「勇気」のDNA

【質問】5年でEP20%改善という極めて高い全社目標を掲げられた背景と、単なる省エネ活動の延長ではなく「筋肉質の組織」や「先駆者」への抜本的な変革必要だと判断された当時の課題感について教えてください。

【佐藤工場長】当時、大内工場には国内マザー工場としての強烈な危機感がありました。海外の生産拠点へ技術移籍を進めた結果、標準化が進み、海外でも日本と変わらないクオリティで一貫生産ができるようになっていました。そうなると「品質、納期(QD)が同等であればコスト(C)メリットが期待できる、海外で作ればいいのではないか」という厳しい現実に直面します。では、国内はこの後どうやって次世代の稼ぎ出す力を差別化していくべきかを深く考えていた時期に、このEnergy productivityという大きな可能性が合致したのです。
従来の省エネ活動は部分最適で、どこそこの電源を切りました、設備の省エネタイプにしました、というレベルの「コスト削減」の域を出ませんでした。しかし、これまでの延長線上では、5年でEP20%改善という目標は到底不可能です。私たちが目指したのは、現有人員のままで、従業員の知識、若手やリーダーの育成を図りながら、贅肉を筋肉に置き換えていく精鋭集団、すなわち『筋肉質の組織』への転換でした。
幸いにも、大内工場にはもともとTDKの社訓である「勇気 常に勇気をもって実行しよう。実行力は矛盾と対決し、それを克服するところから生まれる。」という、挑戦する文化の土壌が深く根づいていました。最初は現場から「また追加の仕事が増えるのか」という反発もありましたが、「勇気」のDNAに再び火をつけ、マザー工場としての圧倒的な強み(武器)を養う可能性はここだ、と、腹を割ってメンバーと議論し、皆が深く賛同してくれたのがスタートでした。

部分最適の罠の打破と、「百聞は一見にしかず」

【質問】全体最適を進める上で、「部分最適の罠」や「共通のモノサシがないこと」が最大の壁だったとおっしゃっていましたが、具体的にどのような現場の葛藤や対立が起きていたのでしょうか。

【佐藤工場長】従来のやり方でも各部署がそれぞれ改善の取り組みをして個別の成果は出ていました。ただ、工場全体の数字で見ると、その成果が相殺されてしまっているような感覚がありました。これが『部分最適の罠』です。各工程がベストを尽くしているからこそ、どこを優先的に変えるべきかという判断が主観的になりがちでした。一番分かりやすいエピソードとして、生産の変動に合わせて設備を停止しようとした際、製造、生産技術、施設で意見が対立していました。製造側は「設備の電源を切りたい」と主張する。それに対して生産技術側は「立ち上げのロスが生まれるから、常時待機しておきたい」と。お互いが自部門の都合、つまり主観による「自己都合の正義」をぶつけ合っていました。会社全体としてどちらが正しいという客観的な判断がつかないため、最終的にはその時々の判断によって決まる状態でした。
 

【質問】その状態からどのようにして現場の目線を全体最適へ変えていかれたのですか。

【佐藤工場長】横河さんのメソッドを学びながら、共通のモノサシ(測る基準)を設計し、可視化したことが始まりでした。いきなり工場全体ではなく、まずは集中制御で見える化ができていた第3工場エリアからスモールスタートしました。 実際に工場の圧縮空気を稼働させるコンプレッサーの電力使用量と供給量を可視化と分析をしたところ、コンプレッサー種別毎に運転方法を最適化すれば、施設側が常識と考えていた「常時100%稼働」が、必ずしも必要ではないことが分かりました。検討結果、6台あったコンプレッサーのうち2台を完全に止めることができ、約30%もの大幅な電力削減を達成できました(図1)。このデータに基づく成功体験が、現場の思い込みを打ち砕くロールモデルになりました。

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 図1:コンプレッサーの効率運転に繋がった例

この勢いを工場全体へスケールアップさせるべく、「百聞は一見にしかず」ということで、プロジェクトに関わる現場リーダー・課長・部長、そして私を含むスタッフ総勢30名で、YOKOGAWA甲府・駒ヶ根事業所の「施策検討会」に参加させていただきました。扱う製品は違うものの、同じものづくりに携わる者として深く胸に刺さるものがあり、現場メンバーが真剣に耳を傾けた大きな理由もそこにありました。横河さんが2000年頃から脈々と積み重ねてこられたEPへの歩み、その考え方、そして具体的な施策の数々を、自らの目で見て、肌で感じ、持ち帰ってもらう。それがこの訪問の目的でした。一度に全員が工場を離れると生産が止まってしまうため、2班に分けて派遣するという本気の投資でしたが、メンバーが現地で何かを掴み、さらなる好影響を生み出してくれる、そんな確信がありました。結果は期待を上回るもので、メンバーひとりひとりが「自分事」として捉え、組織横断的な分科会を自ら立ち上げ、主体的に動き始めたのです(図2)。なかにはワーキンググループが早々に目標を達成してしまうケースも現れました。まさに、自走への大きなターニングポイントとなった瞬間でした。

activity 1

図2:分科会で土壌づくりの重要性を説明するために使われた資料の一例

変革を停滞させない仕掛け、S.I.R.Iによる「現在地」の直視

【質問】圧空30%削減などの初期の成功体験が出た後、現場に一定の達成感が生まれつつあるタイミングで、あえて外部の指標であるS.I.R.I.(Smart Industry Readiness Index)を取り入れたと伺いました。その狙いと効果について教えてください。


*S.I.R.I.(Smart Industry Readiness Index)とは、シンガポール経済開発庁(EDB)が主要なテクノロジー企業、コンサルティング会社、産業界、および学識経験者のネットワークと協力して作成したものです。 SIRIを構成する一連のフレームワークとツールは、規模や業種にかかわらずあらゆる製造業者による製造変革の開始・規模拡大・維持の過程を支援します。

【佐藤工場長】外部指標であるS.I.R.I.を取り入れたのは、自分たちの「現在地、エレクトロニクス業界における立ち位置」を冷静に客観視するためです。自社基準の評価では、どうしても甘えやバイアスが入ってしまいます。 ある程度成果が出て、現場が「俺たちはやったぞ」と満足しかけた時に、世界標準のスコアで評価されることで、現場のリーダーたちの意識は劇的に変わりました。「今の到達点は完成形でもなんでもない。自分たちは世界レベルで見たらどこが足りないのか」ということが、明確な共通言語になったのです。この客観的な気づきこそが、現場がさらに一段上のステージへ自律的に動き出すための、強力な加速スイッチとなりました。

自ら考え挑戦する組織へ(EPの本質:人づくりへの回帰)

【質問】活動を進める中で佐藤工場長が最も大切にされた「土壌づくり」と、その結果として生まれた現場の変化について象徴的なエピソードを教えてください。

【佐藤工場長】3年間のEP活動を経て私が強く確信したのは、「活動の本質は、エネルギー削減することのみならず、EPを深掘り・追求できる人とチームを育成したことが、持続可能な取り組みに成長した」ということです。活動の前提として私が大切にしたのは、数値ノルマ設定型で行動を縛るのではなく、チームが自律的に動き出すための『土壌づくり』でした。現場が新しい挑戦をして、仮に失敗してもそこから学んで次の成功につなげていけばプラスに働く。私の役割は、EPビジョンとマイルストーンを活動の共通認識として定め、その変革の取り組みに対しては、現場と共に「一緒に共感し、感動すること」でした。また活動の過程では、大きな役割を果してくれたEPチームリーダーの存在もありました。EP活動創成期に、この大きな挑戦の価値とEP活動も通じた「ありたい姿」を一番最初に対話し共有を図りました。その彼がフォロワーとして活動してくれたことも大きな推進力となりながら、EP活動全体が部門の壁を超えて全体最適に繋がって行きました。
更に象徴的だったのは、若手の中から自ら主体的にチームメンバーに提案できるまでに成長したメンバーが現れたことです。その一人が、EP活動前は切断工程のオペレーターだったメンバーです。彼はスタッフ経験もなく、エネルギー管理の専門知識もありませんでした。EP活動を通じて自ら学び続け、今では「圧空設備なら彼しかいない」と言われる専門家へ成長し、周囲からはいつしか「圧空大臣」と呼ばれるまでになりました。さらに若手メンバー全員を巻き込み、「エネルギーの未来を切り開き、すべてのステークホルダーに輝きを☆彡」というチームの活動コンセプトもキャッチコピーとしてまとめました。改めて自分達のこの活動の意義について腹落ちしたこと、そしてこの活動がやがてはお客様へと繋がることになることも共通認識に変換をしました。5年でEP20%改善という数値目標から始まった活動が、『人づくり』というモノづくりの原点に回帰していた。
この土壌から、多くの若手の成長が生まれました。全員で土壌を耕し、この目的に腹落ちがあったからこそ、現場が真に主役となる自律的な組織が完成(図2)したのだと思います。この意識改革こそが、3年間で達成したEP12%向上という数字以上の『財産』です。
 Activity 2

図3:EP活動の一例(土壌造りが自律可能な取組みに成長)



💡 【YOKOGAWAメンバーの伴走視点:コラム】 答えを一緒に作る伴走

YOKOGAWAが最初に行ったのは、エネルギー生産性を客観的に議論できる共通の「モノサシ」を一緒につくることだった。 活動当初、大内工場にはエネルギー生産性を評価する仕組みや経験が十分にはなく、工場長をはじめプロジェクトメンバーも手探りの状態からスタートしていた。そこでYOKOGAWAは、モノづくり強化本部とEP推進事務局とともに、圧縮空気や使用電力を製造エリアごとに可視化する「EPモノサシ」の構築を支援した。さらに、エネルギー生産性向上に向けた着眼点や改善の進め方について、YOKOGAWA自身の失敗経験も交えながら対話を重ね、関係部署との連携を広げながら、継続的に活動できる基盤づくりを伴走した。
活動の基盤が整い始めると、EP分科会では「全員が主役になって、自由に意見交換しよう」という場づくりを大切にした。当時は、EP取り組みも入り口だったせいか、全体会議では積極的な発言も聴かれなかった。そのためYOKOGAWAは対話しやすい雰囲気づくりと場の設定を支援した。活動が軌道に乗るにつれて、工場長には「あえて答えを言わず、現場が自ら考える機会を大切にしてください」とお願いした。活動の成熟に合わせて、現場が自ら考え、試行錯誤できる余地を少しずつ広げていくことも、伴走の重要な役割であった。
一方で、変革活動を継続するためには、日々のQDC対応など目の前の業務に流されず、長期的なテーマに向き合う時間と場を意図的につくる必要があった。そのため、毎月の定期的な分科会という「健全な緊張感とリズム」を活動の仕組みとして維持した。こうした、現場の主体性を引き出すマネジメントと継続的に学び合う仕組みを通じて、大内工場が目指したのは、人が育ち、自ら挑戦し続けられる土壌を育み、強いモノづくりを持続・発展させることであった。
DRMコンサルティングは、活動の基盤づくりからマネジメントの変革まで一貫して伴走し、人が育ち、挑戦が続く土壌づくりを支援する。その土壌こそが、強いモノづくりを支え続ける源泉である。



5年後 「EP 20%向上」 への明確なシナリオ

 

【質問】これからの製造競争力を維持し続けるための工場長のあり方についてメッセージをお願いします

【佐藤工場長】3年間で達成したEP12%という数字は単なる通過点に過ぎません。TDKの「勇気」のDNAとYOKOGAWAの「伴走支援」が化学反応を起こし、「人が自ら考え挑戦し続ける土壌」がつくられたからこそ、当初は夢物語と言われた「5年後EP20%向上」を確実に達成でき、かつ継続できる明確な道筋(確信)がみえるまでに成長しました。大内工場で検証されたこの変革モデルは、決して特殊なものではありません。TEFの全工場、そしてTDK全体へと展開可能な『変革へ向けた共通ルール(標準)』です。再現性、持続性を高める鍵は、手法の移植だけでなく、『土壌づくり』をどう伝播させるかにあります。
「変革の連鎖」を止めないために最も重要なことは、トップダウン指示型ではなく、全員が主役になって自走できる場をつくり、チームの自力を引き上げることです。生産活動の軸と変革の軸の2つ両輪を適切にコントロールしながら、現場で出た結果に対して一緒に喜び、育つ目を我慢強く待ち続ける。これこそが、これからも製造競争力を維持し続ける唯一の答えだと確信しています。



YOKOGAWAの考察:なぜ大内工場の活動は成功したのか?

大内工場が実現したのは「省エネ活動」ではなく、共通の目的とデータを起点に、人が学び、考え、挑戦し続ける組織への転換でした。3年でEP12%向上は、成果の一つに過ぎず、本質はその成果を自ら生み続ける人と組織を育てたことにあります。

  • 共通のモノサシをつくる

  • 部門間の対立を対話に変える

  • 小さな成功体験を積み重ねる

  • 答えを与えず主体性を引き出す

  • 挑戦と学習が続く土壌をつくる

多くの企業ではDXや改善活動をシステム導入から始める。しかし本インタビューから見えてきたのは持続的な変革の起点が「人と組織」にあるという事実である。
そしてその組織を育てるために、工場長は「生産活動(ルーチン)の軸」と「変革の軸」という二つの軸を同時に支え続けることが求められる。日々のQDCを確実に守りながら、未来に向けた変革を推進し、現場が生み出した成果や失敗に共に向き合い、人とチームが育つことを我慢強く待つ。その姿勢こそが、学び続ける組織の土壌をつくる。TDK大内工場の実践は、製造競争力の本質が設備や技術だけではなく、人と組織が学び続ける力にあることを示した一つの実践知である。


 

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